掃除道具入れの中。もともと真っ暗な世界なのに、目の前に暗闇が広がるのはなぜだろう?
まるで周囲の空気が一気に外へと吸い出され、真空間に身を圧縮されるような錯覚。
悪かった
その一言が、口の中で霧散する。言葉になることなく、滅せられる。
足音が近づく。
夏休みの夜の校舎。
閉鎖された狭い空間に、淀んで蒸した空気が滞る。
悪かった
その言葉さえも、言わせてはくれないのか。
何も聞かずに責めたてる母。
サイテーだな
――――― 美鶴でさえも
全身が、白けた。
悪かった
そんな言葉は、俺には必要ない。
だって俺は、サイテーなのだから。
サイテーだ。俺は…… サイテーなのだ。
身を寄せると、銀梅花の香りが鼻頭を横切る。
……………
それでも俺は、美鶴が好きだ。
人差し指と親指で、摘み上げた。美鶴の身体がビクリと揺れる。
「やめろってっ!」
必死に声を抑えているのが、なぜだか笑える。
「外しても、いいか?」
我ながら、下卑た声だと思う。
「いいワケないだろっ!」
見回りの足音が、さらに大きくなる。
「バカッ やめろっ」
「じゃあさぁ〜」
少し身を放し、顔を覗き込むように首を曲げる。
「キスして」
ハッと息を吸う。その音が、耳に木霊する。腕の中で俯いているため、顔は見えない。だがきっと、その瞳は激しく見開かれ、驚愕したまま固まっているのだろう。
「なっ………」
急速に激しくなる息遣い。美鶴は必死に言葉を探す。ようやく慣れてきた視界の中。その姿を見るに、聡の心を邪欲が包む。
卑劣で、浅ましく、なんて醜いんだ。
己のやっていることがどれほど道理に反することなのか、それはわかっている。
わかっているのに、どうしてだろう?
腕の中、胸の中で動揺し、混乱し、無力に怯える美鶴を、もっと見てみたいと思う。
だってお前は俺のコト、そういう男だと思ってるんだろう?
弁解の余地など、与えてもくれなかった。
足音がすぐそばに聞こえる。教室に入ってきたようだ。
再び、金具を摘む。
聡の胸に当てた美鶴の両手が、ギュッとTシャツを握る。
美鶴もTシャツ一枚。その下の背中がしっとりと汗ばんでいる。空いている左の掌を広げると、その華奢な肌を直に触っているかのようだ。
左手を、背中を撫でるように移動させ、後頭部へ当てた。そうして髪の毛を無造作に掴む。
グイッと引っ張ると、美鶴の顎が引き上げられた。
仰向けにされた顔を覗き込む。動揺して泳ぐ瞳。聡を見ようとはしない。
だが―――― 抵抗もしない。
可愛いな
本当に、そう思った。
本当にそう思ったのだ。その心に偽りはない。
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